しあさっての方向

本と音楽と酒と詩

遠い理想へ

「NO WAR」と叫んでも戦争は止まらない
もし自分の家族にミサイルが降ってくる時、
それでもあなたは平和主義を唱えるのか
そんな事を言う人がいるし、これからも増えてくるだろう

それはある種の究極の問い
カレー味の、みたいなのと同じ
絶対に答えのない問い 
僕らの敵は、そんな問いを投げかけてくる
自分の国が侵略された時であっても、
平和憲法と共に死ぬのかと

(問いかける方は簡単だ)

そんな言葉で揺らぐほど、僕らの知性はヤワではない
そんな問いは何度も何度も考えた

このままではトロッコで5人死ぬ
分岐点を切り替えれば1人だけが死ぬ
その時、あなたはその分岐点をどちらに切り替えるか

違う、何かが大きく違うんだ
そんな問いには意味がない
僕らの知性は「そんな状況にならない為」に使うもの
そんな状況で自ら苦しい選択をした人もいて、
そんな人たちの苦しみの上に築き上げられたもの

かつて
ナチスの惨状の中で、キリスト教を信じる人は苦しんだ
信じる神は、なぜこの苦しみを放っているのかと
本当に、神はいるのか
この悪が跋扈するなかで、なぜ神は黙っているのかと

それも答えのない問い
でも、その時に彼らは考えた
もし神がいるのなら
(神は絶対にいると彼らは信じる)
今のこの苦しみにもきっと意味があるに違いない、と
それを探そうと、収容所の中で

神を持たない僕は、運命みたいなものと置き換えて
苦しい時には思う 
答えがない問いを前にした時には

つまりこれは「もっと考えろ」という事なのかと
信仰ではない、僕らの思考や哲学をもっと強める為の試練なのかと

答えは、ある