しあさっての方向

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村田諒太vsゴロフキン 「黄昏の名勝負」

4月9日。午後8時40分から9時40分。1時間の間に、何度も驚いた。
村田諒太ゲンナジー・ゴロフキン。色々な意味で心を揺さぶられた戦いだった。

最初の驚きは入場5分前。ゴロフキンはまだ、バンデージを巻いてなかった。え、これから巻くの?いくらなんでも遅すぎない?陣営はリラックスしたムードで、ゴロフキンの表情もいたって自然体。日本に仕事をしにきた。そんな感じ。
試合を終わった今となればこう言わざるをえない。おそらくゴロフキンは、この試合を舐めていた。

村田の入場。その表情に驚く。それは今まで見たことがないもの。引き締まったといっていいのか、思いつめた表情にも見える。何か、死を覚悟した表情のようにも見えた。

試合開始。ゴロフキンの重いジャブ。しかし村田のボディもヒットして、ゴロフキンは嫌がる。村田の状態の良さか、ゴロフキンの衰えか。
どちらもあるけれど、徐々に後者の要素が大きい事がわかる。2ラウンドになると、ゴロフキンのトランクスがヘソの上まで挙げられていることに気づく。
それはボディを打たれたくないボクサーがやること。ちょっと恥ずかしいぞGGG。しかし村田のボディも時々ローブロー気味。でも引き上げたトランクスのせいで、返ってローブローか判断しづらい。それに気づいたのか、気がつけばトランクスは普通の位置になっていた。

そしてゴロフキンの動きの遅いこと。序盤は目を覆うほどだった。これが「世界最強ゴロフキン」だとは思ってほしくない。
昔、よく衰えた往年のチャンピオン(ロベルト・デュラン的な)が、お金ほしさに日本にやってくる事があったけど、それくらいゴロフキンの状態は悪かった。

試合が空いたせいなのか、年齢のせいなのか、あるいは舐めてたのか。全部あるだろうけど、後頭部を狙うスローなパンチを出す姿は、本当に目を覆うほど。
(カネロは「これなら楽勝」と契約を急ぐだろう)

そして村田のコンビネーションは鋭い。元々ディフェンス技術の高い村田は、序盤の3ラウンドでゴロフキンのパンチに慣れたように思えた。「絶対村田が勝つよ」見る目のない僕は、知り合いにそうメッセージを送った。
序盤の3ラウンドは自分の採点では、全部村田。(ジャッジは1Rをゴロフキンに振っていた)衰えたゴロフキンを日本で村田が倒す。それが望ましい結末なのか、わからないけれど。

潮目が変わったのは4ラウンド。それがどのパンチだったのかは、わからない。
結果から言えば、村田がゴロフキンに慣れるより早く、ゴロフキンも村田のボクシングに慣れていたということかもしれない。ようやく、体がほぐれてきた。そんな印象すらあった。

そして、村田がガス欠を起こす、中間距離に活路を見出したゴロフキンを追いかける足がない。
そしてゴロフキンは、村田のガードをくぐり抜けるフックやアッパー。嫌なボディを単発でもらっても、それをいなして帳消しにするコンビネーション。
村田のスタミナがここまで早く切れるのは意外だった。
「序盤が鍵になる」と語っていた村田。おそらく、試合前のアップからかなり仕上げて、序盤にすべてをぶつけていたのかもしれない。
村田はスタミナには自信を持っていたはずだ。自分のスタミナが切れたことに、村田自身も驚いたかもしれない。
強敵に向かう時、あるいは相手を必要以上に大きく見すぎた時に、スタミナの消耗は想像よりも早い。
それでも、時折返すコンビネーションにはキレは残っていて、村田がもう一度巻き返す事も可能かと思ったけど、それは違った。
おそらくゴロフキンから村田への怖れは消えていたように思う。

スタミナとともに、村田は「手持ちのカード」も全て出してしまっていて、その事をゴロフキンは感じていたはずだ。
それでも、そこからウィービングでフックを返す動きなど、これまでの村田には無かった動きも見せた。
後半には、ゴロフキンのお株奪うような後頭部へのパンチも見せた。それは用意したものか、試合中に身につけたものか。またしても驚かされる。

気がつけば試合は、我慢比べのようなドロドロの打ち合いになっていた。なんというか「どついたるねん」の世界。
決して最高峰の戦いではないけれど、人が殴り殴られる姿を見ることで、原初の本能のようなものが呼び覚まされる。
そろそろ打ち疲れも見えるゴロフキンと、村田の形勢が逆転するかもしれないと期待した。
でも、時折ふらつく村田の姿にちょっと不安もよぎる。ディフェンス技術の高い村田は、プロの世界でそこまで打たれた事はない。
試合の行方というより、その後の影響が気になった。

そして最後の9ラウンド。村田は勇気を持って前へ出て、それをゴロフキンは打ち返した。
タオルを投げ入れるタイミングは正当だったと思う。もう少し前にレフリーが止めてさえ良かったかと。

試合の中に驚きがあり、変化があり、物語があった。
30分くらいの時間の中で、ゴロフキンは危機を脱出して蘇り、村田はこれまでに見たことがない姿を見せて、そして現在の自分の「強さの底」のようなものを見せた。
それは村田のプロボクサーのキャリアの中で初めての事。ここまで全てを出し尽くして戦った試合は無かっただろう。
それが最後にあって良かった、という考え方もある。
しか、この「豊かな敗北」が、もっとキャリアの前半にあったなら、とも思う。
村田はきっと大事にマッチメークされすぎたのだ。

試合後の村田は笑顔を見せながら、何かを考えているように思えた。
きっとすぐに去就は表明しないのではないか。
時間が経つにつれて、様々な感情が村田諒太を襲うはずだ。
おそらく再戦は望めなく、カネロ戦もありえないだろう。
村田にとっての、現時点でのベストバウトと言える、今日のゴロフキン戦。
「すべてを出し尽くした」ということに嘘はないはずだ。
しかし、おそらく、時間の経過と共に「あそこで、ああすれば」との悔いが襲ってくる。
おそらく、ゴロフキンがしたような前半から中盤にかけてのチェンジオブペースができれば
展開は変わっていたはずだ。

村田諒太は、あの9ラウンドをどう位置付けて、
どんな結論を出すのだろう。
そういう意味では、村田の戦いはまだ終わってはいない。