しあさっての方向

本と音楽と酒と詩

運転手

バスに乗る時は、運転席の後ろに座るのが好き。
運転手のそれぞれのルーティンを観察するのが昔から好きだった。バスのハンドルは何であんなに大きいんだろう。あぁ、あそこが車内放送のボタンなんだ。そんな事を考えながら。

何より好きなのが、対向車線のバスとすれ違う時。軽く手を挙げたり、合図を送ったりする運転手たち。僕は後ろで、自分に向けたもののように楽しんだ。

軽くクラクションを鳴らす運転手もいた。それは「お疲れ様」なのか「もうちょっと頑張ろう」なのか。彼らだけの暗号の交換。でも絶対にポジティブなメッセージ。

何気ないパスとリターン。例えば試合開始直後のサッカー選手のように。タイミングを伝えるバンドのメンバー。目線で会話のできる間柄に憧れる。
一緒に何かをすることはいい。何かを共有することも素敵。ささやかだけど、それだけで僕らは前を向ける。そんなマジックが街には溢れてる。

ニューヨークのエレベーターでは、誰かが乗ってくると自然に「hi」と声を掛け合っていた。僕は「はい」と小さく応えながら、こんな街はいいなと思った。

バスは混雑する道を時間通りに進む。いつも通りの事に感謝される事は少ない。だけど仕事に誇りを持って担ってきた。お前もそうだろう。制帽の奥の瞳が見つめ合う時、そんな思いもきっと飛び交っている。

僕らもバスの運転手。大切な何かを運ぶ仕事をしている。変わりばえのしない毎日が、変わりばえ無くある為に。そんな仕事を君も背負っている。
文句ばかり言われて切ない時もあるけれど、でも無くなっていい仕事じゃないはずと自分に言い聞かせて。

僕はすれ違う君に、クラクションの合図を送る。
そっちはどうだい。今日ももう少し、頑張ろうぜ。