しあさっての方向

本と音楽と酒と詩

2006年の加藤条治

今朝のサンデーモーニング
高木美帆が記録を伸ばせなかった要因として、清水宏保がリンクの氷の話をしていた。
髙木選手が滑った前半は会場が暑くて、氷が溶けて柔らかくなっていたのではないかという指摘。
有力選手が滑った後半は、製氷の間に場内が一気に冷やされ氷が硬くなったのではと。
にこやかに語る清水の姿を見ながら、彼の最後の五輪となったトリノ五輪を思い出す。

あの時、金メダル候補は加藤条治だった。
五輪の前にはよくある事だけど「メダルは確実で、あとは何色か」みたいな前評判。
(その後、反省しました)
大会初日の上村愛子モーグルと、3日目のスピードスケート500mで日本代表に勢いがつく。そんな見立てだった。
加藤条治は前年の距離別選手権で優勝。11月には世界記録も更新。直前に21歳の誕生日を迎えて、入村式ではイタリア美女にキスマークを付けられて笑っていた。
求道者的な清水と真逆のしなやかさを感じさせる加藤は、そのカーブワークのようにスイスイとメダルを取ってしまうのだろう。
僕はそう信じて疑っていなかった。

1本目は11位。それは信じられない成績だった。

なんでそんな事が起こってしまったのか。
その時も、氷の話は出た。
筋力ではなく、技術で滑る加藤にとって柔らかい氷がハンデとして作用したのではないか。
あるいは、直前の選手が転倒して思いがけず時間が空いた時、一度スケート靴を脱がしてリラックスさせるべきだったと悔やんだ関係者もいた。
直前のアップで外国選手とわずかな接触があって、エッジが狂ってしまったのではと言う人も。

そのどれが正解だったかはわからない。
しかし2本のタイムの合計で競う500mにおいて、
1本目の11位が絶望的な結果である事は間違いなかった。

2本目の前のインターバル。僕は落胆した気持ちで加藤を見ていた。自分が取材してきた選手の結果を受け止めきれずにいた。
僕の近くには、地元山形から応援にきた、両親を含む応援団がいた。応援団だって、明るいムードではなかった。

その前を加藤条治が滑ってきた。
おもむろに彼はガッツポーズをした。満面の笑みで。
虚勢ではない。その姿はあまりにも自然で、生命力に溢れていた。両腕を高らかに上げて、加藤は本当に笑っていた。

「全然、大丈夫。俺は元気だぞ!」

そんな声が聞こえてくるような、ガッツポーズ。
まるで、ワンピースのルフィのよう。
すっかりお通夜っぽい気持ちでいた僕は、本当にびっくりした。すごいなと思った。加藤条治は、全然負けてない。

2本目で全体4位の滑りを見せて、加藤は6位に入賞した。
多くの人にとっては荒川静香の金メダルしか印象に残っていないトリノ五輪だけど、あの時の加藤条治のガッツポーズは今も忘れられない。
こういう姿を伝えなければいけない。
あるいは、伝える力を持たなければならない、と思った。
ような気がする。