しあさっての方向

本と音楽と酒と詩

「かぎかっこ」に囲まれた世界

僕たちは言葉を「かぎかっこ」に囲う。
「かぎかっこ」に囲って安心する。

 

囲われた言葉は「いわゆる、一般的に使われる」という意味合いを持ち、決して自分たちがそう判断している訳ではない、という留保がついて、僕らは安心する。

 

「真実」も「不正」も「疑惑」も「怒り」も
「かぎかっこ」に囲まれると安全なものに変わる。
リスクは共有化される。
安心してください。
色々事情はわかった上で、使っているんですよ、と。

 

クレームが来る前に、クレームに対応する。
そんな内向きの構えの中で、言葉はどんどん弱っていく。 

 

それはそうだ。
「言葉の使い手」が「及び腰」なんだから。
「言葉」もその「刃」をしまうしかない。
「言葉」はただの「道具」になり「約束」は簡単に破られ「嘘」も「言い訳」も「罪」ではなくなる。
「言葉」は「権力」によってどうにでもできる、軽いものになった。
「言葉」は簡単に消せる。簡単に廃棄して、無かったことにできる。
<誤解を産んだとしたら、申し訳ない>
そんな空虚な言い訳を恥じる人もいなくなった。
(最悪だ)

 

言葉を取り戻そう。
もう一度、ブルーハーツのように。
泥まみれになった言葉を、輝きを失った言葉を、誰も期待しなくなった言葉を、もう一度研ぎ澄まし、磨き上げ、本来の意味を取り戻し、鋭く尖らせて、
突き刺すのだ。

同じように戦っている人の心に、諦めかけている人の心に、もはや開き直っている人の心に。

 

自分だけの言葉を。

 

「かぎかっこ」に囲まれた、言葉だけじゃない