しあさっての方向

本と音楽と酒と詩

谷川俊太郎「世間知ラズ」を勧める

谷川俊太郎はあまりに多くの詩集を出しているから、
何から読んでいいかわからないという人も多いと思う。

 

独断で言わしてもらえば、
「二十億光年の孤独」か、この「世間知ラズ」
この2冊のどちらかを読むのがいいんじゃないかと思う。

 

父、谷川徹三が亡くなった頃に書かれたこの詩集、
いつになく、内省的で不安な気持ちが綴られている。

例えば。

 

 だが自分の詩を読み返しながら思うことがある
 こんなふうに書いちゃいけないと
 一日は夕焼けで成り立っているんじゃないから
 その前に立ちつくすだけでは生きていけないのだから
 それがどんなに美しかろうとも
                 (夕焼け)

こんな詩もある。

 

 女を捨てたとき私は詩人だったのか
 好きな焼き芋を食っている私は詩人なのか
 
  (中略)
      
 私はただかっこいい言葉の蝶々を追っかけただけの
 世間知らずの子ども
                 (世間知ラズ)

 

日本で最もポピュラーな詩人が詩人である事を疑う。
そして、その思いを優れた詩で綴る。
矛盾した行為のように思えるが、これが谷川俊太郎の真骨頂だ。

 

「二十億光年の孤独」でデビューした時、
未知なる世界を前にして、驚きと不安を持って立った青年は
唯一の武器である言葉の精度を研ぎ澄ませるだけ研ぎ澄まし、
しかし、心の中にある瑞々しく不安な心持ちはそのままに
60代となった。

 

でも、みんなそんなものなんじゃないのか。
本当は。

 

未知の世界を前にした、何者でもないひとりぼっちの心。
たくさんの経験をして、
社会的な地位や、家族や仲間や関係性を手にして
それを鎧のように身に纏っても、
心の真ん中には、裸で腕を抱えているような、
寄る辺ない気持ちがあって、
でもそれは決して悪いことじゃない。
だからこそ、僕らは分かり合えるんじゃないのか。

そんな事を伝えているような気がするのだ。

 

唯一無二の詩人、谷川俊太郎のゼロ地点を示す詩集です。
何か道に迷って途方に暮れたとき手に取ると、
そこに谷川俊太郎がいます。


「僕は生まれてからずっと、途方に暮れているんだよ」
とぼけた表情で、そう言われているような気がします。

 

世間知ラズ

世間知ラズ