しあさっての方向

本と音楽と酒と詩

ハラスメント

パワハラとかハラスメントを受けるとはどういう事かというと、心の中にその加害者がい続けるということ。

心の中にその時の上司や先輩や教師がいて、その時の言葉を自分に向けて言い続ける。

 「何やってるんだ」
 「こんなこともできないのか」
 「お前には無理だ」
 「お前は取るに足らない人間だ」

僕の心の中にはまだあいつがいて、心の中の僕を苛んでいる。
あるいは心の中のあいつが僕を乗っ取って、同じような言葉を若者に投げつけさせる。

昔の自分のような若者の、昔の自分のような失敗を、あの時のような言葉遣いで叱責し、あの時されたように心を追い詰める。

 「何やってるんだ」
 「こんなこともできないのか」
 「お前には無理だ」
 「お前は取るに足らない人間だ」

興奮が冷めて我に返り、自分がしたことに気付くと、消えてなくなりたくなる。
この連鎖を断ち切るには、自分がいなくなるしかないとも思う。

いやいやそんなことはないはずだと、こんな文章を書いている。

サラ

弾けるような笑顔で歩み寄り、その女性は腕を広げた。ローマの大通り、去年の3月。僕は彼女とハグをした。普段は見知らぬ人と、いや知ってる人とだってハグなんかしないけど、海外旅行の開放感もあったのかもしれない。大学生くらいの細身の女性。
My name is Sarah と綺麗な英語で言った。

何か署名活動をしているようだから、サインペンで名前を書いた。名前の横には数字を書く欄があった。僕は年齢を書いて、「これでいい?」とサラを見た。サラは嬉しそうだった。

立ち去ろうとする僕にサラは首を振って言う。「この数字は寄付金よ。お願いね」と。たぶんそんなような事を、変わらぬ笑顔で。恵まれない人の為にサラは活動しているみたい。でも、48ユーロは出せないよ、サラ。
僕は、ごめんごめんと日本語で言いながら、家族の元に戻る。何にやけてんのよ、と不信気な家族の元に。

その日の夜、ホテルで地球の歩き方を見ていると、それはイタリアで有名な旅行者をカモにする手口だと書いてある。
僕は落胆し、家族は大笑い。

あれから1年。
イタリアのコロナのニュースが流れると、わざとらしく息子が言う。「サラは元気かな〜」

大きく腕を広げて小走りに近づいてくるサラ。キャメロン・ディアスのように抜けのいい笑顔を思い出す。
サラは元気かな。もう旅行者もいないだろうけど。

先輩はもういない

大好きな先輩がいた。お酒が好きで本が好きで映画が好きで、とても影響を受けた。
でもいつからか距離を置くようになった。
たとえばそれは、先輩に繰り返し聞かれることなんかがきっかけだった。
「前田、あの映画見た?」
「前田、あの番組見た?」
「前田、あの本読んだ?」
先輩は好みが似ている僕が、きっとその本を読み映画を見ただろうと思って聞く。
でも無精な僕はたいてい読んでない、見ていない。
「すみません、気にはなっているんですけど」
先輩は感情を隠さないから、あからさまにがっかりした表情になる。僕も申し訳ない気持ちになる。そんなことが何度か繰り返されて、窮屈になっていった。

僕は先輩に答えたかった。
「もちろん見ましたよ、最高でしたね。あのシーン」
先輩の期待に応えたい。でも僕には僕のペースもある。映画館とか、結構面倒くさいんだ。

先輩の部屋で番組の構成を考えた。
襖にポストイットを並べた。
ロケでの数々の逸話を聞いた。
古いマッキントッシュfilemakerに記した読書録を見せてもらった。
お酒の飲み方を真似て、無頼を気取って、
先輩みたいになりたかった。
僕が憧れた先輩はあの先輩だけだった。
でも僕は距離を置いた。その熱量に耐えられなかった。

部署が変わって離れる前に先輩は話しかけてきた。局の前の横断歩道で。
「もうお前と仕事することもないだろうから、言っておくけどさ」
その時信号が変わって、その話はそれまでになった。
先輩は何を言おうとしたんだろう。そのあとずっと考えている。

面倒くさがって、
たくさんの出会いや成長の機会を逃してきた。
大切なものが通り過ぎていくのをそのままにしてきた。

先輩からずっと借りたままになっている本が本棚にある。
僕はまだその本を読んでいない。
もう返すことはできないけれど。

Game Changer

こうありたい理想と、そうではない現状。
そのギャップに気付き、考えることから成長は始まる。
個人でも組織でも国家でも。

そうでない現状は絶望的でもあるけれど、
それを可能性として捉えることも可能だ。
学習やスポーツの経験はその為にある

乗り越えた後に振り返る頂は、高ければ高いほど自らの糧となる。力を合わせる仲間がいたなら尚更だ。

ルールを変えたアスリートもいる。
競技を生み出した少年もいる。
うまくいかないのなら、ボールを抱えて走り出したっていいよな。エリス少年。
(だけど耳は噛んだらダメだよ、マイク・タイソン

今、当たり前に見えること。
今、タブーとされていること。
その中にあるおかしさに気付くことが、次へのヒントになる。矛盾はどこかで崩れる。その可能性に最初に賭けたらどうだ。
必ず負けるゲームで戦い続けることはない。

アウトサイダーのように探そう。
どこかにチャンスがある。奴らが気付かない隙がある。

人生は

人生は早押しクイズじゃない
仕事は早押しクイズじゃない

だけど時々僕は、誰かの発言を遮って
正解っぽい事を言おうとしている

(しかもそれは自分の正解ではなく
決定権のある人の正解だったりする)

流れを乱す人に心の中で舌打ちすることさえある
賢くなんかないのに 本当は
早押しクイズがうまいだけなのに

カーナビの予想到着時間と競いあうような人生

人生は早押しクイズじゃない
仕事は早押しクイズじゃない

自分の答えに 自分のスピードで近づいていく
そのことの なんて難しいことか

 

 

今週のお題「遠くへ行きたい」

悪口

美しいメロディで
綺麗な韻を踏んで
よく通る声で
悪口を言おう

目指すものが違うんだから
向こうの土俵には乗らず
あくまで気高くいたいよね

論理や道理を信じない人を
論破はできないよ
北風よりも南風 敵味方構わず包み込む
あるいは黒潮みたいに豊かな恵みを運ぶ
大きな流れを目指したい

間違えただけかもしれないから
根には持たないよ
いつだって扉は開けていたい
たとえば映画では仲間になる
スネ夫ジャイアンのように
あいつらだって仲間だ
ものすごく大きな意味では

(間違った発言や 間違った行動を
 見過ごすことはできないなけれど)

彼らより大きな気持ちで僕ら戦おう
もっと遠い理想を
目指しているんだから

呑み会の夢

楽しかった呑み会のことは 何も覚えていない
楽しければ楽しいほど いつも呑み過ぎたから何も覚えていないんだ
でもそれは魔法のような時間
君が感じていたことを 実は僕も感じていて
僕がうまく言えなかったことを 君が見事に言葉にした
再会した戦友のように力強く握手 そしてもっと強めの酒へ
3時間や4時間はあっという間に過ぎていった

僕らは交互におかわりして
閉店時間や終電時間と駆け引きした
また最初からやり直すのは面倒くさいから
どこまでも呑んでいたかった

誰も覚えていないから
翌朝スマホで写真を見つけると 撮った方も撮られた方も新鮮
(それにしても、いい顔で笑ってるな)
何か粗相がなかったか 探り合うようにメールをやり取りして
「ほとぼりが冷めたら」なんて悪事のような約束をまたかわす

渋谷 新宿 代々木上原 三軒茶屋
錦糸町 南千住 東陽町 門前仲町
中野 高円寺 西荻窪 吉祥寺
上野 新橋 秋葉原 北千住

街の名を呼べば思い出す 覚えていない無数の夜のことを
並んだホッピーの空き瓶 食べ終わった串焼きの串
油で汚れたメニュー タオルを頭に巻いたマスター
すべては美しい夢だったかのように