しあさっての方向

本と音楽と酒と詩

好きの敗北

目の前のビールを飲み干す事が、苦痛な時がある。
大好きなビールでさえ、缶を開けたら「最後まで飲まなければいけないもの」に変わる。
自分の「好き」が、義務に変わる時。
それが一番手に負えない。
自分の「好き」の脆弱さに気づかされる時。
それが一番打ちのめされる。
 
中途半端に終わった
幼い頃の習い事や
中学の部活や
高校の趣味や
大学の研究や
ふられる事もなかった女の子達が
もう、何を始めたって無駄じゃないのかと忠告しにやってくる。
 
いっその事何もしないで
自分の最後に何が残るか試してみたくなるけれど、
大体その結果もわかっているから、試してみるまでもない。

 

思い出

何年かしたら
きっと聞かれるだろう
「その時 あなたは何をしていましたか」
1995年1月17日
僕は夕方まで眠っていた
 
その時僕は23才だった
まだ親と一緒に住んでいた
やさしい女の子がいなくなって
違う出来事を ぼんやりと待っていた
もっとたくさんの事を
僕は憶えているだろうか
 
僕は何も関係しなかった
僕は2週間で飽きてしまった
なんだか訳もなく苛立っていた
何年かすれば
すべて忘れてしまう
 
急いでいるふりをして通り過ぎた
「すみません」と小さくつぶやいて
僕は通り過ぎたけど
それでどこに
辿り着いたんだろう

 

 (あの頃書いた詩が出てきた)

「あと1年」への新たな戦い

ホッとした気持ちがある一方で、何か微妙な違和感も残る決定でした

「その先/その後」のことも考え始めていただけに。
当のアスリートが一番複雑な思いの中にいると思いますが。

あと1年という時間をどう過ごすか。混迷のなかで見失ったそれぞれの「Road to TOKYO」の物語を、どのように構築し直すのか。

全てを自分たちに都合の良い物語に書き換えようという禍々しい力(しかもかなり優秀)もすでに感じるなかで、僕らが出来る事は何か。

何か、と問うても全く答えはありませんが、不安になると集団化したり、批判を発する事すら封じようとするこの社会において、(延期発言を非難した人は、どう落とし前付けるんだろう)
それぞれが出来るだけ「自分の軸」を持つことを助ける表現は何かとか、考えています。

(実は休暇中なので、時間だけは売るほどある・・)

本当は、それをアスリートの物語で描ければ最高なのですが

 

 #五輪延期 #2020 #東京五輪

迷惑かけてもいいよ

誰かに頼られることは、嬉しい事だよね。
誰かの役に立つことや、助けてあげられることも。

だとしたら、皆もっと人を頼っていいんだと思う。
PSY・Sの昔の歌じゃないけれど
時々は、迷惑かけたっていいと思うんだよね。
(私はかけまくってる)
与えることは、与えられることで、
与えられることでさえ、与えることになりうるという
人間界の素敵な不思議。

コンビニの外人さん店員には
「どーもどーも」とか「ありがとう!」とか言ってみよう。きっと、気分が良くなるよ。
(ならなかったら、それはそれで一つのバロメーター)
言葉は不思議。白魔術であり黒魔術。
できたら前者の使い手に、僕はなりたい。

ポエムっぽいけど、ポエムではない。
と、言い張りたい午前3時。
今、一番美味しい缶チューハイは寳の缶チューハイ
その力で書いているふわっとした文章。250円くらいの家飲み。
幸せは難しくないと、僕は言いたい。

堅苦しい勢力と戦わずに(時には戦うけど)
僕らは大らかに生きていこう。
Living well is best revenge.
的な思いを胸に、もうすぐ寝ます。

敗北

僕らは薄々気付いている

僕らはもうすぐ、何かを失うだろう

仕方ないよ、と僕らは言うだろう

誰も悪く無いよと、誰かが言うだろう

みんなで乗り越えようと、みんなが言うだろう

忘れる事は得意だから、自分を誤魔化すことも

起きてしまった事を、いつまでも言ってても仕方ないと

(1945 2011 そして2020)

僕らはもうすぐ負ける 

僕らの心は打ち砕かれる

嘘くさいと思いながらも、

流れに逆らわずにきた末の帰結に打ちのめされる 

先んじて煽ってきた人も

地道に準備してきた人も

何かのおこぼれにあずかろうとした人も

それぞれにショックを受けて それでも

前を向くしかないだろう

でもそれは目をつむることではないだろう 

僕らはその時こそ見なければならないのだろう

自分たちの姿を

いつまでも大人にならない子どもの群れとして生きる 

自分たちの姿を

火曜日

火曜日はボランテイアの日。朝9時に浅草橋の事務所からハイエースに乗って寄付される食べ物を集荷する。小雨まじりの首都高、あちこちで事故や渋滞が起きている。大きな車の運転はまだ慣れない。知らないうちに速度が落ちていて、車の流れを淀ませてしまう。

川崎の大型スーパーで集荷ケースいっぱいのあんパンやカレーパンを積んで、青海の倉庫でバナナの段ボールを積む。バナナは重くて大変だけど、倉庫をさばく青年は親切でフォークリフトを手配してくれる。3時間くらいで浅草橋に戻って酸辣湯麺を食べて、Facebookにアップする。パラパラといいねがつくのを何度も確認する。50近いのに承認欲求にとらわれているのも滑稽だ。僕はもっと褒められたいんだろう。

受け取りの伝票を届け忘れたことに気付いて事務所に戻り、喫茶店真藤順丈の「宝島」を読む。船戸与一のように分厚い、船戸与一のような抵抗の物語。沖縄の人たちの厳しくも生き生きとした戦後の物語を第2部まで読み進める。iPhoneで聞くのは、韓国のイ・ラン。いい文章を書くアーティスト。月末にライブを行う予定だったけど、来日できなくなった。音符のようにリズムよく跳ねる韓国語を聴きながら、文章を打つ。例えばこんな文章を打っては消す。

<昨日の夜、内閣支持率のニュースを見て僕は動揺した>

150円でコーヒーをおかわりして「宝島」の第3部を読み始める。音楽はお経のようなラナ・デル・レイ。沖縄の主人公たちの願いは何一つ叶わない。世の中や自分の組織が間違った方向に進んでいると感じてしまう時、何をすべきなんだろうか。雨足が強くなる。何だかイライラした気持ちが消えない。考えてるだけじゃダメだ。考える前に行動しないと、そんな考えもある。今は文句を言わずに一つにまとまろうと言う人もいる。僕らはもっと一人一人になるべきだと思う。でも一人一人の声はあまりにも小さい。やはり組織は必要だ。考えは同じところをぐるぐると回る。

22時近くなると感染者のニュースが増える。もうすぐ今日のニュースは昨日のニュースになる。そんなタイミングを狙ったわけじゃないだろうけど。僕はネパール居酒屋でラッシーを焼酎で割った何かを飲んでいる。

「宝島」を読み終わる。自分の気持ちが、物語につられていつも以上に浮遊していたことに気づく。大切なものを失ったとしても、それでも大きなつながりの中にある。痛みと、痛みから癒えていく感覚と、それでも消えない悲しみや怒りと、それと共に生きていく覚悟を伝える物語。この国に無数の豊かな物語があり、今日も生み出され、それが届いている事が一番の希望のように思う。

明日は仕事の1日。打ち合わせの多い水曜日だ。